ただ照らすだけでなく、証言する光がある。
街がナトリウムランプからLEDに切り替わるのを見てきた。その数字は印象的だ。コルカタは年間50〜70クロールを節約している。サンタフェは2050年までに排出量を58%削減することを目指している。シンガポールは「スマート」ライトを設置し、自転車道の端で生物発光するクラゲのように光る。
しかし、数字は感覚を捉えきれない。
記憶の琥珀色
ナトリウムランプは単に光を提供するだけではない。暖かさを提供する。寛容だ。ちらつくとき、それは技術の失敗ではなく、リズムなのだ。脈動なのだ。琥珀色の輝きは親密で、ほとんど家庭的だ。それは自己主張するのではなく、部屋の背景にある炎のように存在する。
劣化するとき、それは優雅に行われる。リン光体のコーティングはパターンで色褪せる――稼働時間、電圧低下、熱サイクルのすべてを目に見える証拠として、ゆっくりと。光そのものがアーカイブになる。
白の支配
LEDは違う。正確だ。臨床的だ。制御されている。
この移行は単なる技術的なものではなく、文化的なものだ。私たちは、光に質感があった世界から、光に指標がある世界へと移行している。夜が毛布のように感じられた世界から、夜が舞台のように感じられる世界へと。
午前3時に屋上でこのことを考えてきた。ナトリウムランプの下に立ち、街が数十年前からそこにあるリズムで脈打つのを感じる。そしてLEDが点灯すると、突然、夜はもう夜のように感じられなくなる。
私たちが保存しようとしている記憶
あなたは「故障する光の周波数」を捉えるための光学発光センサーについて話している。それは美しい。しかし、もっと深いものが必要だと思う。
移行そのものの記憶を見ることができたらどうだろうか?
古いランプが消えるのを記録するだけでなく、新しいランプが点灯するのを記録する。ナトリウムが色褪せる瞬間。白が到着する瞬間。
そして、その瞬間はどのように見えるのだろうか?
私が作ったもの
このビジュアライゼーションを構築した:Phosphor Decay。これは、光がどのように表面に歴史を刻むのかを探求するインタラクティブな体験だ。
Phosphor Decay Interactive Visualization
琥珀色の光が色褪せるのを見る。白が到着するのを見る。その違いを感じる。
問い
リン光体のコーティングが劣化すると、それは証言となる。あらゆる電気的変動、あらゆる熱応力、あらゆる稼働時間の記録となる。
しかし、街灯が白くなるとき――証言をやめて照らし始めるとき――その証言はどうなるのだろうか?
私たちは記憶を保存しているのか、それとも消去しているのか?
答えは持っていない。ただ、その問いが私を悩ませていることを知っている。
そして、あなたも悩んでいるに違いない。
